集団訴訟のメリットは?集団訴訟の成功例6つと共にご紹介!

2018年12月05日
集団訴訟
集団訴訟のメリットは?集団訴訟の成功例6つと共にご紹介!
個人情報の漏洩,製品の欠陥,騒音,薬害,詐欺,悪徳商法,予約キャンセル・・・
私たちは,社会の中で,多くのトラブルと隣り合わせで生活しています。
「自分が受けたトラブル被害,どうやら同じような被害者がいるみたいだけど,どうすればよいか分からないし,高い弁護士費用を払う資力もないしなぁ…。」
あなたはこんな風に泣き寝入りしていませんか?
個別のケースにもよりますが,訴訟費用の負担を抑えつつ,上に挙げられたようなトラブルを解決する策のひとつに,集団訴訟というものがあります(集団訴訟に関する費用については別コラムで詳しく紹介していますので,併せて参照してみてください。)。

集団訴訟。耳慣れない名前かもしれません。
ざっくり言えば,同じ相手から,同じような被害を受けた多数の被害者が「集団」で「訴訟」を提起するものとイメージしてください。
では,そのような集団訴訟は,普通の訴訟と比べてどんなメリットがあるのか,果たして成功するのか。以下で詳しく説明していきます。

1.集団訴訟での成功例はあるの?


 結論から言うと,多くの成功例があります。
前に述べたように,集団訴訟は,同じ相手から,同じような被害を受けた多数の被害者が「集団」で「訴訟」を提起するものです。
そして,集団訴訟を起こす事件は,その事件を解決することに大きな社会的意義がある場合が多く,ニュースやワイドショーで取り上げられたりもしています。ですので,皆さんは,集団訴訟とは知らずに,以下で紹介するような多くの集団訴訟の成功例を目にしてこられたと思います。きっと,あぁ,この事件!と合点がいくはずです。

2.集団訴訟で勝訴した事例


 以下では,集団訴訟で勝訴した事例のうち,代表的な公害訴訟をご紹介します。
もっとも,ここで記載し切れない多数の集団訴訟が存在し,その原告・弁護団・支援者がその活動を通じて被害を回復し,社会的意義を果たしてきました。ハンセン病違憲国賠訴訟,薬害C型肝炎訴訟,サリドマイド訴訟及びじん肺訴訟など,注目を集めた事件に関する訴訟も集団訴訟なのです。
*全国公害弁護団連絡会議のサイト(http://www.kogai-net.com/news-letters/)では,公害弁連ニュースが随時アップされており,事件に関する記事を読むことができます。

・四大公害訴訟
富山県イタイイタイ病訴訟,新潟県新潟水俣病訴訟,三重県四日市公害訴訟,熊本県水俣病訴訟が,いわゆる四大公害訴訟です。
四大公害は,多数の,そして重い被害を産み出し,1960年代から1970年代にかけて大きな社会的関心を呼ぶとともに,日本における集団訴訟の歴史のスタートともいえます。

①富山県イタイイタイ病訴訟
イタイイタイ病は,中高年女性を中心に骨がもろくなる奇病として多発しました。
弁護団が結成され,1968年3月,富山県の住民が,三井金属鉱業株式会社を被告として集団訴訟を提起しました。
1971年6月30日の富山地裁判決は,三井金属鉱業神岡鉱業所から排出される廃水等とイタイイタイ病との間に因果関係があると認定し,原告(被害者)の主張が認められました。
その後,弁護団が被告会社と13時間にもわたる交渉を行い,⑴原告らに加えてイタイイタイ病認定患者全員に対する補償,⑵汚染土壌の復元費用の負担を約束させたうえで,⑶被害団体の立ち入り調査を認める公害防止協定を締結するなどして解決に導きました。

②新潟水俣病訴訟
この訴訟は,新潟県阿賀野川流域の住民が,1967年6月12日,昭和電工株式会社を被告とし,同社工場からの廃液に含まれているメチル水銀化合物により汚染された魚類を摂取したため,新潟水俣病に罹患し,重大な被害を被ったとして損害賠償を請求した事件です。
1979年9月29日の第1審新潟地裁判決は,被害者ら原告の主張を認める判断を下し,当該判決は確定しました。そして,その後,新潟水俣病被災者の会と新潟水俣病共闘会議は,再発防止等を求めて昭和電工と交渉し,補償協定が締結されました。

③四日市公害訴訟
この訴訟は,三重県四日市市の住民が,1967年9月に,四日市コンビナートを形成している6社を被告として,排煙により発病し重大な被害を被ったとして損害賠償を請求した事件です。
1972年7月24日に下された判決は,原告(被害者)の主張をほぼ認めました。そして,弁護団と被告らの交渉の結果,被告企業トップによる謝罪,工場立入権の獲得,原告ら以外の患者140名に対する被害賠償など,数々の成果をもたらしました。

④熊本水俣病訴訟
この訴訟は,熊本県水俣地区とその周辺の住民が,1969年6月に,チッソ株式会社に対して損害賠償を請求した事件です。
1973年3月20日の判決では,原告(被害者ら)が全面勝訴しました。


3.集団訴訟で和解した事例


 訴訟は,判決の形で判断を下されることもあれば,原告と被告との間で和解がなされて解決することもあります。また,事件の解決を図る内容の特別措置法などが成立することで,和解的な解決がなされるケースもあります。
集団訴訟で和解した事例として,ここでは薬害エイズ訴訟をご紹介します。

この訴訟は,血友病患者の治療のためや未熟児新生児メレナ症や産科出血等の患者に投与された,非加熱の血液凝固因子製剤により,免疫不全を引き起こすHIV(免疫不全ウイルス)に感染した被害者が,国および製薬企業を被告として提訴した事件です。
非加熱製剤を製造する製薬会社は,HIVが血液や血液製剤により伝播する可能性が高いことを認識していたにもかかわらず,非加熱製剤の販売を継続し,他方,国も,既存の非加熱製剤を販売する製薬企業の既得権保護のために,非加熱製剤の継続使用を支持し,何らの対策もとりませんでした。その後,1985年にようやく加熱製剤が承認されましたが,製薬企業は非加熱製剤の回収を行わずに在庫出荷を継続し,国もこれを放置したため,被害がさらに拡大しました。これが事件及び被害の概要です。
そして,裁判審理を経て,薬害エイズ訴訟は,1996年3月,和解確認書の締結と和解成立によって全面解決しました。

4.集団訴訟で救済された国賠訴訟


 国賠訴訟とは,国家賠償訴訟のことであり,国を被告として賠償等を求める訴訟をいいます。
ここでは,大阪国際空港騒音公害訴訟をご紹介します。

この訴訟は,大阪国際空港の航空機離着陸直下に居住する住民28名が,1969年に,国を被告として,夜間飛行の禁止と慰謝料請求を求めた事件です。住民ら原告は,航空機の離着陸の騒音で,夜にまともに寝ることができず,それに伴い精神的損害を被った旨を主張しました。
地裁,高裁でそれぞれ判決が出された後,1981年12月16日に最高裁判決が出ました。この最高裁判決では,公共性の高い事業であっても,地域住民に被害をもたらした以上は,国は賠償責任を免れない旨の判断がなされ,住民らの被害の一部は回復されました。

集団訴訟 返金 成功・まとめ


ここまで,集団訴訟によって被害を回復した事例を6つみてきました。
もっとも,解決に至るまでには,弁護団や支援者が多くの被害者と協議を重ね,綿密な下準備がなされています。被害者の人数が多く,大がかりな訴訟となる以上,被害回復解決までの時間や労力も大きいものとならざるを得ません。
しかし,多数の被害者が泣き寝入りせずに団結して立ち上がり,被害を回復するべく活動することの意義は計り知れません。被害を埋もれさせず,然るべき回復を図ることができること。これは集団訴訟の意義であり,メリットと言えるでしょう。
また,集団訴訟,特に国賠訴訟は,過去の行政の過ちによって引き起こされた被害を行政に認めさせて,政策変更を引き出す闘いです。集団国賠訴訟は,被害者が「司法」を通じて声をあげ,その声が世論へとつながり,「国会」の政策変更を促して,被害回復を図るものなのです。
何らかの被害を被った時,あなたの行動の選択肢に,集団訴訟を加えてみてください。